起震車と車いす

 大地震の揺れを疑似体験できる「起震車」が、消防署などから各所へ派遣されています。私が関わっている或るイベントでも昨年この起震車を呼びましたが、そのさい起震車がバリアフリー化なされていないことが問題となりました。そこでイベント主催者サイドでスロープを用意し、脳性マヒなどの障害をもつ人たちも車いすやストレッチャーに乗ったまま起震車に上がり、地震の揺れを体験することができたのでした。
 イベントは毎春開催されていて、先日の会合で、今年もまた起震車を呼ぶことになったのですが、そのとき、会合に出席していた消防署の担当者が次のようなことを述べたのです。じつは…日常的に車いすを利用している障害者の起震車体験は禁止されているのだ、と。前年は私たち(起震車を派遣した消防署サイド)もマニュアルを熟知しておらず、車いすの方々にも体験していただいたが、あれはじつはよくなかった。マニュアルというのは行政サイドのではなく車輌メーカーの出しているマニュアルで、そこには起震車体験が禁止されている人として、脳性マヒだとか脊損だとか、要するに車いすの障害者のほとんどが列挙されていた。だのに私たち(消防署)は前年の時点ではそれを知らなかった。たいへん申し訳ない、云々。
 つまり、今後は車いすの障害者には起震車での体験をご遠慮いただくほかない、と消防署の担当者は述べたわけです。会合には車いすの障害者が数人出席していました。彼らは腑に落ちない表情を浮かべていました。消防署の担当者が大まじめに「申し訳ない」と謝っているのは、皮肉な見方をするなら「本来はあなた方(車いすの障害者)を起震車から締め出さなければいけなかったのに、昨年は締め出しそこなってしまいました。ごめんなさい」と言っているのと同じだったからです。
 なぜ車いすの障害者は、起震車から締め出されなければならないのか。要するに「危険だから」。車いすの障害者が起震車体験で転倒して怪我するとか障害の悪化を招くとかいったことが危惧されているらしい。しかし考えてみれば、起震車とはもともと「危険」を疑似体験するものです。私たちが大地震の危険を体感し、防災意識を高める。それが起震車の存在理由のはずです。ところが車いすの障害者には、この疑似体験をする資格が与えられていない。防災意識を高めるべき「私たち」から、少なくともここでは排除されてしまったのです。当事者たちが腑に落ちないのも当然です。
 そうは言っても、たかが疑似体験で怪我をしたり障害を悪化させたりしたら元も子もない…。なるほどその通り。でもそれは健常者も同じです。健常者だって、本当の大地震が来れば身の危険にさらされる。でも起震車では、危険を疑似体験できる一方で、安全も保障されているのです。でなければ、誰も起震車体験なんかしやしない。
 同じ論理が車いすの障害者に対しても適用されるべきなのです。健常者が「危険」を「安全」に体感できるのと同じように、車いすの障害者も大地震の危険を疑似体験でき、同時に安全が保障されている、そういう起震車をこそ実用に供さなければならない。求められるべきは、危険だからと障害者を締め出すことではなく、障害者と健常者が「危険」の疑似体験を「安全」に共有できる環境を整えることではないでしょうか。